昨日図書館からお借りしたこちらを読み終わりました。
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養老孟司さんの「まる ありがとう」

7年前に15年飼っていた犬を亡くしたときの
喪失感は相当なものだったので、ずっと一緒だった”まる”を失った養老さんが、”まる”を失った事をどのように捉え、折り合いをつけられたか
とても興味がありました。

“まる”はしばしば、テレビや雑誌でも取り上げられていたので、ご存知の方も多いと思います。

この独特の座り方は”まる”そのもの。
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何にも動ぜず、我が道をゆく
どうどうとした”まる”。
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養老さんの秘書の平井さんが撮影された”まる”はどれも”まる”らしさに溢れています。
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養老さんが住んでいらした鎌倉の自宅が車の行き来が少ないとは行ってもなかなか思い切った事をなさると思ったのは
”まる”を自由に外に出していた事。
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養老さんは”まる”を自然そのものと考えていらっしゃる。
何にもこだわらず、あるがままに生きてきたと…

仏教とも結びつけて、ちょっと哲学的
時に冷静に論じていらっしゃる。

今は、犬や猫が愛玩動物になってしまっているからペットロスという問題が出てくる。
養老さんとは全く同意見です。

それでも、やはりまるは唯一無二の
かけがえのない存在であったと結んでいらして、胸が熱くなりました。
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唯一無二であった為に、私も未だあらたに犬を飼えないでおります。

この春に義父が亡くなり、五十嵐家だけでなく、私の実家やお嫁ちゃん達のご実家のお墓も全部一緒にできたらと良いのにと漠然と考えていたのですが…

養老さんも、家の繋がりで墓をつくると断絶する可能性があるけれど、共通の趣味や職業人達に広げて墓をつくると断絶が避けられるのではとおっしゃっています。

昆虫採集の大好なので養老さんは、亡くなったら建長寺の供養塚、虫塚をつくり、そこに入ることに決めているとのこと。
もちろん”まる”も一緒です。

何という柔軟な新しい考え。
まさにこれです。
こんな風に家という概念を取り払ったお墓がつくれたら…
そんなことを強く思って、本を閉じたのでした。